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2009年7月 7日 (火)

(神にあって)強い「男」

「安かれ わが心よ」 讃美歌 298番(新聖歌 303番)
"Stille, mein Wille, dein Jesus hilft stiegen"


「安かれ わが心よ 主イエスは ともにいます

痛みも苦しみをも 雄雄しく 忍び耐えよ

主イエスの ともにませば 耐ええぬ 悩みはなし


安かれ わが心よ なみかぜ 猛る時も

父なる あまつ神の 御旨(みむね)に 委ねまつれ

み手もて 導きたもう 望みの 岸は近し


安かれ わが心よ 月日の うつろいなき

み国は やがて来たらん 憂いは 永久に消えて

かがやく み顔仰ぐ いのちの 幸をぞ受けん

 今日午前中にある信販会社との間でクレジットの組みなおしをした

簡易裁判所の裁判を初めて見た

遥かに、大きな裁判を幾つも経てきたわたくしにとっては、

「ふーん あんなふうに簡単な裁判をするんだといった感じである。」

そんなこと”「自慢」していたら”変じゃん。

けれども、すべての事柄をまるまる”「恵み」として”受け止めて行く

キリスト教信仰の”素晴らしさ”がそこにある。

普通でない「痛み」異常な「体験」、確かにこの世で他の人も経験することもあるかも知れないけれども、大変シビアな「体験」

これらの一切を通して、逆に”主なる神さまの「ご臨在」”を豊かに知って行く

「主を知ることは、知識の始め」(旧約聖書 箴言7:7)

 さすれば、”「創価学会」が何かあらん”。”「ヤクザ」が何かあらん”。

「”キレーションの「制服間者」”が何かあらん。」

主はわたしを毎日毎日変えてくださる。

雄雄しく強くたくましく」変えて下さる

「男」として、(ある意味では)”至上の「喜び」”を感じるわけである。

一体何をか恐れん。正に、

「もしも、神がわたしたちの味方なら、誰がわたしたちに敵対することができようか。」(聖書)とある通りである。

本当は「死の淵」に相当するところ”も散々通って来た

「死の影の谷を通る時も、わたしは、災いを恐れません。

あなたの杖、あなたの鞭がわたしを力づける。」(旧約聖書 詩篇23篇)

ああ主よ、およそ、あなた以上にわたしたちに”「命」を与えられる方”がほかにあろうか?(あるわけないヨ)

 「もう離婚するんだ」とキレーションを”「認知」させられた”。

が、しかし離婚」になるワケがない”ヨ。

彼女の「心」に主がお働きになるからだ

 今日は、火曜日にて、いつもの主とのお約束を果たさせて頂いた

戸籍謄本に一切の「変更」はなかった

ヤクザは、いつも、”卑猥な「唇」”で”「噂(うわさ)」煽動(せんどう)するが、

ムダ口叩いているヒマがあったら、さっさとゴーマンションを売った方が良かろうぞ!

オレの「親切」だ。

なぜならば、建てて一年以上過ぎているんだ。

アウトレットマンション、赤い水が出るぞ、錆(さ)び水が。

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