ドクターがドクターストップをかける時
「頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして
雷さまを 下に聞く 富士は日本一の山」
ご存じ富士山の「唱歌」である。
昨日、というよりは、本日午前1時過ぎ、ガンガのシャワー室で、何回も何回も口ずさんだ。」
今朝、クリニック近くを歩くうちに、浴びせられた。
「小さい時から”野蛮人”と言われてきたことを恨んでいる。」
確かに、そういうこともあった。
あれは、6~7歳時のことである。
当時、わたくしは、東京の杉並区に住み、中央線四谷駅近くの、華僑学校「東京中華学校」に通っていた。
私立の小学校は、生徒に制服、制帽を着用させた。
制帽の丁度中央に、当時の中国代表権を持つ、中華民国の国花「梅」に中華と大きく漢字であしらった校章がついていた。
ある日、中央線快速の車中、わたくしは、学友と一緒だった。
端の方の3人掛けのイスがあいていて、まあ、ある意味では子どもらしく(?)、ある意味では、行儀は悪いというのはあるが、そのあいている「席」に寝そべってみたり、立ってみたりしていた。
およそ、電車はすいていた。
突然、一人の日本人のオジサンが声を掛けてきた。
「キミたち台湾人だろう。」
「なぜ、わかる?」
「台湾人は、そういう風に、野蛮人だからだ。」
それは、行儀は悪かったかも知れないが、6~7歳の子どもである。
ハッキリ言ってそんなこと言う方がおかしい。
今であれば、分かることではある。
話は飛ぶが、まだ、妻と同居中のことである。
話の中で出た。
テレビか何かの話である。
「ある小学生が、先生に怒られて自殺しようとしたんだって。
原因は、何やら、先生の言う通りにできなかったことを悩んで、ということみたい。」
「そんなことで、自殺を考えるような子どももオカシイよ。」
けれども、今はそれがちっともおかしなことではないことを知っている。
それこそ、もろにPTSD(心的外傷後ストレス障害)であると”「予想」される”。
そんなに、大好きな「精神医療」。なぜ、今日自らドクターストップをかけた。
一つには、”かけざるを得ない”状況が生じたというのはある。
けれども、やはり、「お勤め」は、(ある意味)いいな。」とも思わされた。
どうしても、ムリな時に、自分の代わりに診てくださる「先生」がいらっしゃる。
”「感謝」して受け止めるべき”であろう。
以前のブログにも書いた。「不愉快な従業員と共にいるよりは、”「理解」のある上司”と共にいる方が、よっぽどいい。」
まあ、いつもそれでは困るけれども、そういうことだってあるさ。
何って?急にフラッシュバックして、ドクターストップかける「必要」のあるときだって。
たまには・・・・・
ある意味、サラリーマンと同じジレンマではある。
もっとも、職場には、そういったサラリーマンが多く訪れる、というのはあるが。
それにしても、もしも、代わって診て下さる方がいないならば、患者さんを残して中断することは、ままならないであろう。
ボクは暫く、勤務医でいいです。いや、勤務医でいさせて下さい。
けれども、習志野駐屯地のやったことは、ちゃんと償って下さい。
それとこれとは「別問題」ですから。
”生きたまま焼かれる「危険」にさらされた”ことに対する「補償」”はしっかりとお願いします。
政府には、それを拒む「理由」はないハズですから。
PTSDの「概念」は、元々、湾岸戦争で、”異常な「恐怖体験」”をさせられた「帰還兵」に生じた、精神疾患である。
人の「こころ」は、元来そんなに「強い」ものではない。
それは、湾岸戦争に従軍した”屈強な「兵士」”が、帰還後PTSDに陥ったことからも判ります。
日本政府は、”国民の「こころ」”を”傷つけた「代金」”をキチントお支払頂きたくここに、
お願いたてまつる次第であります。
平成21年7月11日 松山貴充


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