世界に羽ばたく国
「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。
また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」
(マルコによる福音書 2:21-22)
「勤めさせるために止めさせる。それだったら・・・・・・」
地元の年寄りは”「面子」ばかり”。
まあ、でもいい。とにかく、”「蘇我」と縁が切れるならば”。
今日、今さっき、”小腹がすいた「関係」”で、「吉野屋」に寄った。
「牛皿の並1枚。」
「ご飯は要らないのですね?」
「はい。」
後ろの席の小学生が言った。「お肉だけでいいんだ。ご飯は要らないんだ。」
目下、”この「世の」注目の”松山氏である。
さて、”「吉野屋」の厨房”には例のごとくダイサクどもが居て言っていた。
「結局、「英語」も負けたんだ。全部謝るんだって。」
そういえば、昨日は、”「分列盗聴器」よりナースを”「認知」させられている”。
「そんな、”「英語」のできる医者”を求めているの、「県庁」ぐらいでしょ。」
さて、話を総合するとこうなる。
今、この日本で密かに”「勢い」を得て来た”ダイサク軍団。
その元締めの考え方はこうである。
「”「学問」なんて要らない。学校に行っているヒマがあったら働けばいい。」
まるで、戦後の出稼ぎを送り出していた「貧農」の家のようである。
彼らの考えは、戦後の名曲「高校3年生」だろうか?
はたまた、「上野はおいらの心の駅だ。」だろうか?
いずれにしても”「時代」遅れ”も甚だしいものであろう。
こうした「「輩」」が、若者をマインドコントロールすること、
こういった事々に、”日本の将来の「危機」”を覚えるのは、わたくしだけだろうか?
世界に羽ばたく国(!?)に”心からの「エール」”を送りたい。
(追記)
昨日、「分列盗聴器」より”「認知」させられている”。
「奥さんは、「彼があんなに「熱心」だったら、”「判決」まですることはなかった”。」と言っている。」
3人の子どもを抱える母親の心情として、「子どもの父親にちゃんと「仕事」をして欲しい。」というのは、当然の「心情」であろう。
けれども、「仕事」の場所は、何も”「蘇我」に限る必要はない”であろう。
水戸でもいいわけである。
(追記2)
出かけ際に、”「認知」させられた”。
タ*ハシさんが、言っていた。
「控訴が出た関係で、「離婚」は少なくとも1ヶ月は伸びる。」
(追記3)
蘇我の自宅の共有名義人の実母に今日聞いた。
「裁判所がハンコ求めて来たことある?」
「ウウン。ない。」
「いずれにしてもオサナキャイイヨ。」


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