周囲に「ダイサク」のいる限り
「だが、ダビデもこのペリシテ人に言った。「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。」
(旧約聖書 サムエル記上 17:45)
「さて、兄弟たちよ。わたしの身に起った事が、むしろ福音の前進に役立つようになったことを、あなたがたに知ってもらいたい。
すなわち、わたしが獄に捕らわれているのはキリストのためであることが、兵営全体にもそのほかのすべての人々にも明らかになり、
そして兄弟たちのうち多くの者は、わたしの入獄によって主にある確信を得、恐れることなく、ますます勇敢に、神の言を語るようになった。
一方では、ねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者がおり、他方では善意からそうする者がいる。
後者は、わたしが福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の心でキリストを伝え、
前者は、わたしの入獄の苦しみに更に患難を加えようと思って、純真な心からではなく、党派心からそうしている。
すると、どうなのか。見栄からであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだから、わたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶであろう。
なぜなら、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、この事がついには、わたしの救いとなることを知っているからである。」
(新約聖書 フィリピの信徒への手紙 1:12-19)
「義のために迫害された人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽りの様々な悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
(新約聖書 マタイによる福音書 5:10-12)
今日もまた、デニーズで食事をした。
今日もまた、ダイサクが、”「厨房」から”そしった、「”「無資格医」なんだ”。「裸」が似合う。」
オレは、思わず口にした。
「ダイサク軍団は、「敵兵」と思え。そうすれば、いつも”「失礼」なことを言われても”、
割り切れる。」
何年もの間、サバイバルを生き抜いた「男」には、”「迷彩」が似合う”(のも不思議ではない)。
ヤクザとダイサクの毎日の”執拗な「攻撃」”。
彼らに属するところの”「自衛隊」員”には、二度にも渡って、”「処刑」されそうになった”。
それも、”電子レンジ”による<<火あぶり>>の刑。
松本智津夫式の電子レンジだ。
そこまでされて、尚、彼は”戦う”。
というよりは、”戦わざるを得ない”。
ダイサクは、常に彼を圧迫する。
彼が、キリストを述べ伝えるからだ。
今朝、ヤクザどもが言っていた。
「ココログ射抜こうとしたんだが、”「人気」があって止められないんだ”。
聖書(の言葉)に人気があるんだそうだ。」
正に、”「人のこころ」を打つもの”、それは、それこそ、人なるものを、
命をかけて救おうとされたイエス・キリストと、
その父なる、全世界宇宙の創造主なる「神」の御愛である。


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