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2009年6月10日 (水)

周囲に「ダイサク」のいる限り

「だが、ダビデもこのペリシテ人に言った。「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るがわたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう

        (旧約聖書 サムエル記上 17:45)

「さて、兄弟たちよ。わたしの身に起った事が、むしろ福音の前進に役立つようになったことを、あなたがたに知ってもらいたい。
すなわち、わたしが獄に捕らわれているのはキリストのためであることが、兵営全体にもそのほかのすべての人々にも明らかになり、
そして兄弟たちのうち多くの者は、わたしの入獄によって主にある確信を得、恐れることなく、ますます勇敢に、神の言を語るようになった。
一方では、ねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者がおり、他方では善意からそうする者がいる。
後者は、わたしが福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の心でキリストを伝え、
前者は、わたしの入獄の苦しみに更に患難を加えようと思って、純真な心からではなく、党派心からそうしている。
すると、どうなのか。見栄からであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだからわたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶであろう。
なぜなら、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、この事がついにはわたしの救いとなることを知っているからである。」

      (新約聖書 フィリピの信徒への手紙 1:12-19)

「義のために迫害された人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽りの様々な悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

      (新約聖書 マタイによる福音書 5:10-12)

 今日もまた、デニーズで食事をした。

今日もまた、ダイサクが、”「厨房」から”そしった、「”「無資格医」なんだ”。「裸」が似合う。」

オレは、思わず口にした。

「ダイサク軍団は、「敵兵」と思え。そうすれば、いつも”「失礼」なことを言われても”、

割り切れる。」

 何年もの間、サバイバルを生き抜いた「男」には、”「迷彩」が似合う”(のも不思議ではない)。

ヤクザとダイサクの毎日の”執拗な「攻撃」”

彼らに属するところの”「自衛隊」員”には、二度にも渡って、”「処刑」されそうになった”

それも、”電子レンジ”による<<火あぶり>>の刑

松本智津夫式の電子レンジだ。

そこまでされて、尚、彼は”戦う”。

というよりは、”戦わざるを得ない

ダイサクは、常に彼を圧迫する。

彼が、キリストを述べ伝えるからだ。

 今朝、ヤクザどもが言っていた。

「ココログ射抜こうとしたんだが、「人気」があって止められないんだ”。

聖書(の言葉)人気があるんだそうだ。」

 正に「人のこころ」を打つもの”、それは、それこそ、人なるものを、

命をかけて救おうとされたイエス・キリストと、

その父なる全世界宇宙の創造主なる「神」の御愛である。

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