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2008年11月29日 (土)

エデンの東

「耳のある者は御霊(みたま)が諸教会に言われることを聞きなさい。
「勝利を得る者に、私は神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」」
          (新約聖書 ヨハネの黙示録2:7)

 今朝のデヴォーション箇所からの引用である。ここで言う神のパラダイスとはすなわち、旧約聖書創世記に登場するエデンの園(地理的なことで言えば、ユーフラテス川流域、すなわち、今でいうイラク辺りであったのではないかと言われている。)のことであることは、想像に難くはなく、いのちの木の実とはすなわち、神が最初に造られた人間であるアダムと、彼の助け手にと、彼の肋骨を取って造られ、与えられた妻のエバに、決してそれだけは取って食べてはならないと固く命じられた、(エデンの)薗の中央にある、”善悪を見分ける知恵の木の実”のことであるとは、正に容易に想像がつく。

正に、サタンであるところの蛇がエバを唆して、「それを食べてもあなたは死なない。神は、それを食べるならば、あなたの目が開かれて神のようになることを知っているのである。」と言った”善悪を見分ける知恵の木の実”のことである。

今朝のデヴォーションにおいてこの箇所を読ませて頂き、ああなるほど、と思わされた。

すなわち、”善悪を見分ける”ということは、神と共に勝利に与(あずか)る者に与えられることで、それは、すなわち、日々神と共に歩み続け、御言葉(みことば)を日々頂いて成長して行く、そのことの中で得て行くものであることを、あらためて思わされたわけである。

長男が生まれた際に、妻が神の前に、それこそ”真剣に”祈っていたことの一つが、すなわち、この事であったということを思わされているわけであるが、正に”善悪を見分ける”ということは、「聖書の言葉を悟っていくこと」、そのものであるということである。

 神にあっての”神聖”、そのことの一つの象徴がまた、”神にあるところの「結婚」”であることを覚えるわけであるが、逆に言うと”「姦淫」をさせようとする力”は、すなわち、サタン(悪魔)によるものであることを覚えるわけである。

最近、この国においていとも簡単に、それこそ、ポンスカポンスカ離婚させる、或いは離婚をする傾向が見られることは、正に、この国が、サタンの霊によって、支配されつつあることを、物語っているものであるが、正にその元凶が”耳しいのコブラ”率いるところの”偽”宗教の成した悪業にあるところを覚えるわけである。

 実は、かなり前にはなるが、所属教会にて朝のデヴォーションの際に、個人的にではあるが、”分列盗聴器”より、極右の声(以前のヤフー時代のブログで、番号を書かせて頂いた「迫害者2マイクロウェーブ」の声にて「教会征伐だ」との声を聞いたというのはあるが、わたくし自身今覚えさせられているのは、”ケモノ退治”である。

”耳しいのコブラ”とは、自分自身が悟らないばかりでなく、人が”知る”ことを妨げる”悪い教師”であることは、ここ最近書かせて頂いている。

けれども、その”曲がった教え”の招く結果を間もなく、人々は見なければならず、その結果「公*党」は、無党派層は愚か、その支持基盤さえもグラツキ、ある意味本拠地である千葉や茨城にて大きな落ち込みを記録することとなり、ほぼ”壊滅的な”打撃を受けることになるということをまた、この者自身(神より)知らされているわけである。

<<オットー、ダ*サク軍団の邪魔が入った。>>

Kフェの”親衛隊”か、或いは、同席している(?)ヤクザによるのか、よくわかんねェーけど、ダ*サク野郎の息のかっかた”輩”には間違いない。

 ここ最近祈らされていることがある。神の御霊(みたま)によって祈らされていることがある。

すなわち、御聖霊によって、示されていることは次のことである。

「ダ*サクが退けられた後、あたらしい(神にある)リーダーが誕生し、彼は、この国の若者のリーダーとなる。それは、ダ*サクのような”グレーストーンの墓石”によるような、”偽りの虚栄的な「権勢」”によってではなく、”神にあるところの「愛」”と”「「「神」の恵みに満ちた」」御言葉(みことば)”によるものであると。

それであるから、牧者であるあなたの、このブログは、単なるあなた自身の「「言語化」」の場であるばかりでなく、正に、神の愛の行軍の前線基地になると。

そして、神は、わたくし自身にかく言われた。「いわゆるhot warでは決してない、けれども聞く耳を持つ者は聞け。」と。

 <注釈>

言語化・・・人間のストレス処理のための最も健常な反応。自分の気持ちや思いを言葉を用いて上手に表現すること。

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